緑の中の家

このところ、毎週のように田舎の祖母の家の片付けに行ってました
細い小道を、畑や野原や小さな池を通って、少し登ったところにあるのが、私たちが生まれる前まで祖母が暮していた小さなおうちです

ここは、ばあばとおじいちゃんと母上が、ほんのわずかな時間を過ごしたおうちです
元々身体の弱かったおじいちゃんは、この家で家族と過ごせたのはほんの一ヶ月くらいだったのだそうです

そういうことは、一切娘には話さない人だったのが、うちの祖母
30年以上一緒に暮らしてきましたが
あの人が「ごめん」とか「わるかった」と言っているのを聞いたことは、ほぼ皆無でした
つよい、つよい女性でした

最後に、たった一度だけ言われたけれど

昏睡状態から目覚めた後は、つらいことばかりだったのだと思います
身体も、心も、ばあばという人の全部がこわれてしまいそうになるくらい、祖母にとっては極限状態が続いたのだろうと思います

何度も「殺してくれ」と頼まれました
だけど、その願いだけは叶えてあげられなかった
生きている人を死なせることは、できなかったです
あんなにつよい人だった祖母が、助けを求めていたのにどうすることもできませんでした

ずいぶんひどいことも言われ、こんな状態でよくぞこんな力が残っていたものだと驚くような力で叩かれたり、爪をたてられたりしました
そうしたやりとりが引き金になって、祖母と私は一番根っこにひっかかっていたことをお互いに吐き出して、最後にして最大のケンカをしました
お互いに相当追い詰められていたのかもしれないなあと、今になって思うのですが

ケンカの後、祖母が眠ってしまった間に、病室の簡易ベッドでひとりで泣いていました
ぼろぼろ ぼろぼろ
涙がいっこうに止まらなくて
他には誰もいないし、祖母は眠っているし、もうやけになって身体中から涙がなくなってしまうまで泣いてしまえ
そう思ってところかまわず泣きじゃくっていたら、眠っているはずの祖母がいきなり言いました
「泣くな泣くな、おばあちゃんがわるかった」

祖母もまた、心の中で葛藤していたのでしょう


安楽死とか尊厳死とか、言葉では知っていたし、漠然とわかっているつもりでいたけれど
そんな知識は何にも役に立たなくて
やっぱり実際直面してみないとわからない


「人を殺めるなんて、決してやってはいけない」という理性とは全く別に

祖母の願いを叶えてあげたい
自分も楽になりたい

そう思う自分も、どこかには「いた」し、今でも「いる」のです

誰だって自分の良い面ばかりを見ていたいし、人からもそう思われたいと思ってしまうだろうけれど、内面にいくつもの顔を持っているのが人なのだし
自分の中の嫌な面もちゃんと受け止めて認め、だからこそ、そんな嫌な自分ばかりじゃないということも肯定して、自分を信じる
そういう繰り返しこそが、生きるということなのではないのかな



30年以上誰も住んでいなかった家を片付けていると、ありとあらゆるものが出てきます
祖母の持ち物はもちろんのこと、父母の持ち物、姉と私の幼い頃の洋服がいつの間にか仕舞われていたり
ホコリも、虫も、思い出も
祖母は、姉と私が大きくなったらこの家に帰るつもりでずっといたし、私たちには言わなかったけれど、亡くなる前にも本家のお母ちゃんには「かえりたい」と言っていたそうです
私たちがそのことをもし言われていたら、自分たちがいたから帰れなかったんじゃないかと気にすることを、きっとわかっていたのだと思います
私のかなしみやよろこびも、全部まるごと受け入れてくれる人でした
私は決していい孫ではなかったし、祖母とはよくケンカもしました
でも、そういう私の弱いところも、ゆるして受け入れて、信じてくれる人を、私は亡くしてしまいました
無条件に撫でてくれる手を、私はなくしてしまいました
大切な人を失いました


物置になってしまったような家で、ただひたすら片付けに没頭しているだけじゃなく、色んな考えが浮かんでは消え、また再び浮かび、しました
ぼんやりとぐるぐると考えているうちに、思い出はつきることがないのだ、と思い辿り着いた次第です


生きていること自体が旅なのだ
いつか大地に帰るその日まで続く長い旅

そうして、旅路の果てに無にもどり、また新しい命へ引き継いでいくのだろう


こんな風に言葉に出来るようになるまでは、ただ漠然ともやもやした考えを抱えていただけでした
そんなときに出会ったのが、この本

ウィ・ラ・モラ―オオカミ犬ウルフィーとの旅路

ウィ・ラ・モラ―オオカミ犬ウルフィーとの旅路

私が祖母を亡くしたばかりだから、こんなにも、のめり込むように読んでしまったのか
でも、これは偶然ではなく、この本を今この時期に読んだことは、私の旅の中では必然だったのだ
よい本に出会えました
出会えたことに感謝

いつか曲げわっぱ職人さんに言われた「いい旅をしなよぉ〜」という言葉が、いま心の中で何度も響いています

言われたときは、意味がわからなくて、きょとんとしてしまったけれど
後から、きっと旅っていうのは、これからの私の人生なんだな、となんとなくわかった

今は、そうなんだと実感できる


いい旅をしたいなあ




追伸
祖母の家は、少し前までは五右衛門風呂で、まるでトトロに出てくる、さつきちゃんとメイちゃんのおうちみたいでした
今でも、雰囲気が似ています
亡くなる少し前「おじいちゃんと暮したのは、ほんの一月ほどだったけど、今思えば、幸せだったなあ」と話していた、祖母の思い出の家です

そんな話を聞かせてくれたことにも、感謝しています
今ならわかる

私を信頼してくれてありがとう